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講演・寄稿

◎金沢別院 機関紙「おやまごぼう」(2011年9月号)
 「いのちとたべもの『千年産業を目指して』
◎金沢別院 機関紙「おやまごぼう」(2011年10月号)
 「いのちとたべもの『千年産業を目指して』②



◎平成18年3月「農を変えたい全国集会」に寄せて

「国産有機穀物(大豆・麦類)の安定供給を目指して」

井村辰二郎

● 河北潟干拓地

河北潟干拓地は、もともと日本海に面する汽水湖で、鴨やサギなど沢山の水鳥が飛来し、海と淡水の生物が共存する豊かな水郷だった。今も、この湿地帯は、絶滅危惧種レッドリストに挙げられるハヤブサの仲間「チュウヒ」の貴重な繁殖地として知られる。また、過去の野鳥生息調査で、シギ・サギ類の数では「ラムサール条約」の基準を満たすことが報告されている。

江戸時代の豪商銭屋五平が始めた干拓事業は、前田家から国へと引き継がれ、高度経済成長の中、昭和38年に暫定農業が開始された。豊かな自然と引き換えに約一千百ヘクタールの畑地が誕生したのだ。多くの農家が、大規模水稲作付けを夢見、この地に増反したが、米の生産調整等、国の政策転換により水田から畑地に計画変更された。様々な作物に挑戦したが、重粘土の畑地は、水はけが悪く、作業性も悪い。多くの先人たちの夢は破れ、河北潟干拓地を去っていった。そんな中、私の父は、耕作放棄地や荒れた畑を開墾して、麦・大豆の二毛作による土地利用型大規模経営を実践してきたのである。

● 金沢農業の経営規模

私は、土地利用型の有機穀物農家で水稲・大豆・大麦・小麦・雑穀等を栽培している。

石川県のほぼ中央に位置する河北潟干拓地(畑地)約100ヘクタールと能登門前の第二農場約8ヘクタール。金沢市を中心に水田約30ヘクタール。その他、少しの家畜を飼っている。祖父・父親の代は河北潟での漁と水稲の半農半漁で生計を立てていたが、国営干拓事業により漁業権を失い、父の代に(30年ほど前)大規模な水稲作付けを夢見て河北潟干拓地へ入った。しかし、その途端に米の生産調整が始まり、地目が畑地としてスタートした。あらゆる作物に挑戦、そして失敗を繰り返し、ようやくたどり着いたのが、大麦・大豆の二毛作。水はけの悪い重粘土の土壌を克服するために父親が積極的に行なってきたのが、堆肥散布による土作り。父親の経営をベースに、畑地全てを有機栽培に転換したのが10年前、耕作放棄地を中心に開墾し規模拡大してきた。畑作は麦→大豆の二毛作なので、1年で約240ヘクタールの耕作面積となる。畑地は無化学肥料・無農薬で、河北潟干拓地以外の水田は除草剤(2成分)を田植え前に一回だけ使う。化学肥料は一粒も使用しない。

● なぜ大規模経営なのか

少量多品目の自然農法、就農時理想と考えたのは多くの先輩たちが実践する営農形態だった。しかし、当時は父親が耕作していた30ヘクタールの畑地と、15ヘクタールの水田で手一杯で、有機栽培の野菜までは手が回らなかった。それでは、身近な作物から有機農業を実践しようと有機大豆に取り組み、実験・研究・販売を進める中で、多くの問題が見えてきた。先進的なヨーロッパの認証制度の事例、交付金大豆の仕組み、実需者である豆腐業界のこと、共同購入会や自然食品店など流通の事。有機大豆の生産・加工・流通を勉強してゆく中で、ある中堅の豆腐屋メーカーから言われたことが有る。「有機大豆なんて日本に存在しないよ。有ってもロットが無い。有機国産大豆なんてある種のブーム。日本の消費者は飽きっぽいからアメリカや中国の有機原料で十分。慣行の国産大豆だって安定供給できてないじゃないか」くやしかったが、その通りでもあった。その時から、強く意識するようになったのが、メーカーの加工ロットを満たす量の確保と安定供給。現実として海外との競争が有ることを認識し、土地利用型大規模有機穀物生産農場のモデル構築への挑戦がミッションとなった。

● 千年産業を目指して

大学の農学部を卒業後、東京からUターン。きっかけは父の入院だった。が、父は言った。「いきなり農業に就くよりは、社会勉強という意味でいろんな経験をしたほうがいい」地元の企業に入社。担当する数十社のクライアントの中には、今で言うIT関連企業が多かった。この顧客たちがこぞって、PL法(製造者責任法)準拠や、環境ISO取得に動きはじめる。その広報活動を手伝いながら「社会貢献のための製品作りとの前提が有っても、その製品自体が害を生み出している可能性も有る。リサイクルが付いて回る時代が来る」。環境ビジネスと言う言葉が登場したのもこの頃である。「千年後にITと言う言葉があるだろうか」。農業には千年以上続く歴史がある。父の仕事、農業に将来性と魅力を感じ始めた。時は企業ブーム。顧客であった大手電話会社の常務に相談した。「なら、さっさとおやめなさい。今から農業して、仮にお米であれば何回作れますか?」私は答えた。「70歳までやったとして40回ですか」。すると「あと40回しか作れないのですよ。本気で農業したいのであれば、今すぐやるべきじゃないですか」目の前の霧が晴れ、その一年後に退職した。このような体験もあり、農業が千年先の子孫へ継承すべき産業であると考えたとき、私にとって有機農業は、手段や目的ではなく、ミッション(使命)となった。祖先が拓いた豊かな大地と水・環境を次代へ継承することが私たち担い手の使命なのである。

1997年、脱サラして農業を始めてからようやく十年が経とうとしている。思いおこせば。バブル経済がはじけ、日本経済が自信を無くし始めたころであった。IT産業が注目を集める一方環境ビジネスと言う言葉も使われ始めた。ミレニアム。「自然回帰」なるキーワードで21世紀を表現したシンクタンクもあった。近年、3グローバルゼーション、経済至上主義が横行する社会の歪が、貧困・テロなどの悲劇として現れ世界に示された。

今、私たちは破壊・略奪・食いつぶし的な生産活動から、保全・相互理解・持続的な生産活動への切り替えの時節であることを認識し、それを実行すべき時にきている。物の時代は終わり心の時代がやってきたのだ。

● 農業が自然破壊や汚染をしている場合ではない。

日本人は元来農耕民族であるためだろうか。「お百姓さん」にたいして風当たりのソフトな日本では、農業が環境に優しい産業であると誤解されがちである。しかし、日本の環境保全型農業への転換は遅れており、その必要性を認識できない農家や関係者が意外に多いのも事実だ。農業は日々の営みであり、産業である以上は、生産性・経済性は重要であるが、他の産業、大企業が環境との調和を加速してゆく中、農産業界のそれへのシフトや対応への遅れには、苛立ちさえ感じる。二十一世紀は「汚染者支払い原則の社会」つまり、環境破壊や汚染した当事者がその責任を負わなければならない。化学肥料や農薬による汚染の責任を農産業界で負えるとはとても思えない。農業が自然破壊や環境汚染を行なっている場合ではないのだ。農業だから殺虫剤を使ってもいい、農林水産省が認めているから使うではなく、農家自身の価値観と基準で考えてほしい。疑わしいものは使わない、「農業」は、環境負荷になることをしない産業であるべきだ。

● エコファーマー?「農地・水・環境保全向上対策」

平成十九年度からスタートする国の「農地・水・環境保全向上対策」に先駆けてモデル地区としてエントリーしたある地域で、農地の畦草管理の対価の一部として有機リン系除草剤が現物支給されたそうだ。農林水産省がイメージする環境保全型農業とはとはその程度のものなのか。補助金目当ての環境対策だから実践する現場でズレが生じてくる。

食糧自給率向上へのノルマや、諸外国との生産条件格差の是正、国が短期的な視野で、反当りの収量等、生産性に重点を置くのは理解できるが、「農地・水・環境対策」の要件になっている「エコファーマー」が化学合成肥料や農薬を減らす技術の振興には限界がある。つまり、化学合成肥料や化学農薬の功罪を正しく認識し、有機農業を中心とした古く新しい農業技術の発展へ向け大きく舵を切る時期に来ているのだ。

数年前ある会合で、当時の農林水産省環境保全型農業対策室長と話す機会が有り、有機農業振興に対する国の考え方を聞かせてもらった。当時、国は有機農業を振興する考えはなく、環境保全型農業の底辺を広げる意味で、エコファーマー認定制度を発展させて、様々な支援策を考えてゆくので、是非エコファーマーにエントリーしてほしいと言われた。さっそく申請を出したが、一年待たされたあげく、石川県から良い返事を頂くことはできなかった。地域の担当普及員の主観によって温度差が有るらしいが、科学農薬を減らす技術、化学合成肥料を減らす技術が要件になっているエコファーマーに、それらをまったく使わない技術に挑戦している有機農家がはまるはずがないのだ、現実わたしの申請に対し関係機関から

● 有機農産物のカロリー自給率

外国産の有機農産物輸入が増える中、カロリーベースの食糧自給率向上にとって重要な、大豆・麦類・米等の有機穀物の生産量が増えない。

農林水産省の発表によると、平成十六年に格付けされた国産有機大豆の数量は、約853トンである。国産有機麦類については、約687トン、お米は約10838トン。毎年減少する国産有機農産物だが、海外からの輸入有機農産物は増加の一途をたどる。有機小麦・有機大豆の生産が増えない理由を考えてみた。まず、第一に有機農産物全体の問題として、厳格な有機JAS規格への対応が挙げられる。多くの帳票への記帳や管理など膨大なルーチンが発生し、外部監査への対応など、心労も多い。第二にコスト面である。認証料や前述のルーチンに対する人件費など、コストがかかる。第三にインセンティブが少ない点である。苦労して自らリスクを負い生産・販売しても、交付金大豆・麦経などの補助金が上乗せされる慣行栽培品と比べて手取りが多いとは言えない。(平成十九年から始まる品目横断政策により交付金等は廃止されるが、現行支援策の代わりに交付される過去の生産実績に基づく支払い対象から、地産地消の麦・大豆。契約販売の麦・大豆がはずれる)第四に有機栽培技術が発展途上である点が挙げられる。国の研究機関・大学・各地の農業技術センターを含めて、有機栽培技術について研究・支援を行なう体制は整っておらず、有機栽培農家の多くが孤軍奮闘、壮大な実験栽培を実践しているのが現状である。第五として、加工食品の原料となることが多い有機大豆・麦類は、加工メーカー、流通の協力無くして安定販売に結びつけることは難しく、小さい面積・小ロットからスタートする草の根的な生産活動にはむかない。第六に有機麦類生産で苦労するのが、赤カビ病(DON)対策である。個人的には殺菌剤の防除の有無より、開花期以降の天候により左右される病気であると考えるが、有機栽培の技術に代替の技術がない以上、リスクと慣行農家との摩擦が有る。無防除では農業共済の対象にもならない。有機JAS規格の関連法案は、元来、消費者保護の為の法律である。有機農産物の生産・格付けに対して、インセンティブなど求めてはいけないのだが、現状では有機大豆・有機麦類を再生産できる農家は稀である。

有機JASは消費者保護のためにあり、ブレーキだけの政策では、JAS規格に基づく有機大豆・有機麦類の生産者は増えるはずないのである。

 JAS有機農産物の生産量の推移 (単位:トン)農林水産省ホームページより

 


 


国産

 


 


輸入

 


 


1-179

1-202

H17

1-179

1-202

H17

12,287

10,838

10,400

2,031

2,604

4,510

麦類

559

687

732

1,086

1,733

2,365

大豆

945

853

639

44,874

53,212

70,775

野菜

27,460

28,125

29,667

23,994

26,994

62,994



● 消費者保護と消費者利益

元来有機JASは消費者保護のための決まりであり、有利販売や高付加価値を目的としたものではないことは。つまり「有機 ○○」と名乗るためには、国が定めたルールを守りなさいよと言う事である。禁止農薬以外で使える農薬もあり、有機JAS以外でも安全な農産物は沢山存在する。

施法前は有機表示が氾濫していたのも確かで、この法律により根拠のない有機表示が激減したのもたしかである。しかし、一方では様々な工夫や努力で草の根的に有機栽培を実践してきた方々に不利益をもたらし、新しく有機栽培を志す生産者にブレーキをかけ、市場から排除してしまったのも事実だ。

結果として、国産有機農産物は伸び悩み、外国産有機農産物の輸入を助長してしまったのだ。

近年有機農産物の販売を通して、BSEや残留農薬問題など、消費者の安全安心な食品に対する関心やニーズが高まってきたと感じる。有機JAS法が施法された頃とは、消費者の意識が大きく変わっている。オーガニックと言えば外国産原料、良識ある生活者が国産の有機を選ぼうと考えても、手にする機会は少ない。多くの国民が、国産(生産者の顔が見える)の安心安全な食品を安価で気軽に買えることを望んでいるにもかかわらず、手に入らない。有機JASの規格は消費者保護であっても消費者の利益にはつながっていないのだ。

熱心なお客様から「国産有機がない場合、国産の大豆を選ぶべきか外国産のオーガニック大豆を選ぶべきか」こんな質問を頂く事もある。もちろん「国産を選んでください」と答えるのだが、私の希望的な意見でしかない。

国産農産物が安全安心の生産技術を磨くことは、消費者の国産農産物指名買に直結する。国産有機栽培は外国産農産物との差別化ポイントが明確であり、それを振興することは、国産農産物の価値昇華にほかならないのである。

慣行栽培を中心に組み立てられる現在の農業政策を改め、有機農業を中心とした環境保全型農業の振興を推し進める政策に転換することは、日本の消費者利益につながり、地球規模で考えても有意義なことなのである。

豆腐・納豆の原料原産国表示のガイドラインがようやく示されたが、良識有る消費者が国産を選択できるように、小麦製品など全ての加工原料の原産国表示を厳格に行なうべきであり、外食産業・中食にも導入すべきである。

● 有機栽培農家の裾野を広げるには、その生産性・将来性を示さなければならない

私財をなげうち家族に迷惑をかけて、再生産できないモデルを夢見ても思想家として終わってしまう。本当に「千年産業」を目指すのであれば、農業者として、経営者として、再生産できる有機農業モデルを実践・世に示さなければいけない。不作の理由を異常気象や天候のせいにする事も多く、多くのメーカーや流通・消費者に迷惑をかけることも有った。

絵にかいたモチを売るのは詐欺師である。有機大豆・有機小麦は絵に書いたモチなのだろうか。いやそうではない。日本の各地に、その地域の反収を上回る有機大豆の生産者がいる。私の農場でも確実に技術が向上し、生産性が向上してきた。また、土作りが進み、素晴らしい生態系が育まれてきた。有機大豆・麦類もその生産性や永続性を世に示し仲間を増やす時期に来ている。良い経営モデルが有れば、それに追随する生産者が必ず現れるからだ。以前は、しつこく反収を聞いてくる方に対して「千年の平均反収で勝負しましょう」などと、価値観の違いを語ったものだ。しかし、日本の有機穀物栽培を志す多くの後継者達に対して、有機栽培の生産性・将来性を示さなければならない。

● 土作り

総窒素量は何キロですか?追肥はどうしていますか?穂肥は?・・・・。視察にいらっしゃった方からこんな質問を受けることが多い。窒素・リン酸・カリを中心に即効性のある化学肥料で、植物の成長をコントロールする慣行農業の技術は、世界各地で食糧増産の成果をあげてきた。私の有機農業は、土作りが全てである。稲は地力で取れ、大豆も地力で取れ、麦だって地力で取れ。千年先に豊かな大地を残すために、土作りをする。土作りは貯金であり生態系の創造である。私の代では無理かもしれないが、肥料が手に入らなくても、10年位は無肥料で収穫できるような畑にしたいと考える。

さて、専門的な話になるが、植物が無機体でしか窒素を吸収しないと信じる農家が多い。私も大学の農学部でそう習ったし、数年前までは、農業の常識であった。小祝政明先生著の「有機栽培の基礎と実際」では、植物が有機体でアミノ酸等を吸収する仕組みや、有機栽培での施肥計画の実際が書かれており、大変勉強になった。経験や予測にたよる施肥の時代から、土壌診断による科学的な有機肥料投入の時代に入ったと感じる。私たちも土壌分析を実践し、よりよい土作りを目指している。

中国から輸入された有機肥料から、基準値を大幅に超えるカドミウムが検出され、販売者が農家の庭先から有機入り肥料を回収したという記事が新聞に掲載されたのは、記憶に新しい。前述の事例は論外としても、本当に有機肥料は安全なのだろうか?有機JASでは、汚泥堆肥以外の堆肥は使用を許されているが、堆肥の安全性は担保されていない。例えば、豚糞由来の堆肥なら餌に混ぜて与える銅の残留があるし、乳牛に使われる抗生物質、敷き藁の安全性、ブロイラーの糞にも相当な抗生物質が残留している。家畜由来の堆肥を否定するものではないが、有機農家の責任として、堆肥原料をトレースすることは重要である。

私たちは、年間三千トン近くの堆肥(鶏糞主体)を使用する。全て自家生産で、気心の知れた一軒の採卵農家から原料を調達する。植物性の原料も国産由来の原料しか使用しない。

安全に対する基準を、有機JASの規格内に求めてはいけないのである。

● 病害虫対策

水稲・麦・大豆にとって、防除の対象になる病害虫は何だろう。思い当たるところで少し羅列してみる。水稲ならバカ苗病・いもち病やドロムシ・カメムシ・ウンカ。麦なら赤カビ病・黒穂病。大豆なら、紫斑病・モザイク病・種ハエ・マメシンクイガ・イチモンジマダラメイガ・カメムシ・・・etc。地域の気候や環境によって異なるが、10年以上無農薬でやってきたが、上記が原因で極端に収量が落ちた経験はない。私が生産する米のカメムシ粒はゼロではないし、豆の食害は散見される。圃場によってはかなりやられる場合もあるが、経営面積全体で見れば許容範囲だ。赤カビ病とて、結果として大発生した年は未だない。関係機関から出される多くの栽培指針を、無農薬を実践している立場から見ると、あきらかに農薬の使いすぎである。ほとんどが病気の発症・害虫の発生前に、予防的に使うケースが多いのだ。穀物農家は、その等級が農家手取りと直結する為、農家は予防的に農薬を使ってしまう。食糧法の農産物検査基準は、外観品質重視であり、安全性は品質には含まれない。例えば大豆の紫斑病と呼ばれる病気がある。大豆の粒が紫色になる病気で、私の有機大豆にも散見される。検査基準では一定量以上あれば等級ダウンの原因となるため防除のため何回か農薬を使う。しかし、紫斑粒と呼ばれるこの大豆を食べても人体になんら影響はないし、醤油・豆腐の加工も問題はない。製品にそのまま出るので、煮豆や納豆メーカーからは敬遠されるが、色彩選別機でも取り除ける。一等比率に影響を及ぼす玄米のカメムシ粒とて、色彩選別機で除去されるのである。

果樹や野菜はともかくとして、水稲・麦・大豆では、現在より大幅な農薬削減が可能だと感じる。

● 雑草対策

私の有機農業にとって、雑草は減収をもたらす一番大きな要因である。実際、除草剤なしで雑草を抑える方法が確立されたならば、土地利用型作物の無農薬転換は大幅に進むだろう。私の大豆畑の場合、雨などで、機械除草のタイミングを失えば、収穫皆無の畑となってしまうことも有る。実際、本年(平成18年)の作付けでも、収穫ができないと予想される畑が8ヘクタールほど在る。播種後の長雨で、除草機会を失ったのだ。機械除草はトラクターに装着する特殊なカルチや中耕ローターと呼ばれる機械を使って行なうが、最終的には、人の手による除草が必要になる。地域のシルバー人材センターなども活用するが、経費を考えると、全ての畑に入ることはできない。私の大豆畑100ヘクタール全を、人の手により除草したならば、約一千万円の人件費がかかる。しかし、良い経営を行い、人件費に充当できるようになれば、もっと多くの、おじいちゃんやおばあちゃんに頑張ってもらおうと思う。農業に人件費を惜しんではならない。農村雇用の活性化やシルバー人材の活用にもつながって行く。今来てくださっているおばあちゃんの一人は「自分の健康と長生きのために頑張っている」と言って下さる。有機農業に人の手をかけるのは当たり前のことであり、省力への道など無いのかもしれない。昔の農業に戻ること。農村や畑の中に人の笑顔が有ることは重要である。全国の農村で、農業が基幹産業と再発見されたとき、過疎地で顕在化する多くの問題が解決するかもしれない。有機農業にはそんな可能性すらあると感じる。

● 地球温暖化、異常気象について

ここ数年の天候を人間の感情に例えるなら、喜怒哀楽が激しくなった。近年の農作業体験から感じることだ。年間の積算気温や降水量は、平年と大差が無いらしいが、晴天や降雨の続く間隔が長く、全ての気象現象が極端になった。つまり雨が降ればとことん降り、晴れだすと雨の一滴も降らない。台風の数が多いのも極端だ。うまく言えないが、お天道様の寛大さが無くなったような気がする。昨年末は11月中ずっと雨で、12月にドカンと雪が降った。晩生の大豆は刈れずに雪の下、小麦の播種期も失ってしまった。今年の麦秋から大豆播きを終えて決意したことは、もう天候の責任にできないと言うことである。あきらかに天候がおかしい。昔の経験や長期予報は当てにならない。いつでも、干ばつや、大雨に対応できる技術や決意を持って営農しなければならない。地球温暖化や環境破壊は農業の現場で体感できるくらい深刻であり、今後も加速度的に進んでゆくだろう。先人が体験したことの無い気象環境が待っているに違いないのだ。

● 事業継承・スタッフ

金沢農業は商号で、青色申告者井村辰二郎の個人経営である。将来的に農業生産法人化を目指すことになるが、今は個人経営で有る。千年先まで続く経営体を目指すならば、伝承が大きな課題となる。つまり、後継者の問題だ。私の息子は、現在4歳。バスの運転手になると言っている。息子に過大な期待をするのも無理だし、孫、ひ孫と継承して行くのは非現実的である。創業者としての理念を存続させるには、良い人材の確保と公的で開かれた経営体を残すべきだろう。現在、若いスタッフが4人いる。全員正社員で、厚生年金・社会保険を完備している。もちろん通年雇用だ。経営者としてくじけそうになるときも有るが、この経営体は私だけのものではない。近年、従業員や実儒者・消費者への責任を強く感じている。まだまだ、発展途上の経営体なのだ。

● 食育(井村家の国産自給率と自給自足率)

井村家が買う食材は、そのほとんどが国産である。外食する場合も、なるべく、地産地消や国産にこだわったお店を選択する。したがって、井村家だけで、食糧自給率を計算すれば、相当高い数字になる。

さて、私は有機農家である前に、7歳の娘と4歳の息子の親でもある。子どもたちにはちょっと難しいかと思いつつ、自分の家の自給自足率、私が作っているものをカロリーベースで計算してみた。豆腐や納豆、みそも作っているのだが、50%を超えるのがやっとだった。「おかしいな」と思ってよく考えると、妻も娘もパンが大好きで、ラーメンも食べるしうどんも食べる。「あぁ、これはもう小麦が日本の主食になりつつあるのかな」と感じた。小麦もやはり日本の伝統的な食べ物でもある。「よし、じゃあ、有機で小麦を作ろう」と小麦を作り始めた。

小麦が自給できるようになって加工品も増え、少しずつだが、食料自給自足率が我が家でも上がってきた。(現在約60%)

「このアスパラは、能登島産」「この鶏肉は国産だけど、餌は外国から輸入しているかも」「パパの卵は、餌もパパ産だよ」子どもたちと一緒に食卓を囲みながら、子供たちと一緒に食卓で食べ物の話をする。これが我が家の本当に豊かなひとときだ。食卓から始まる食育である。学校での取り組みも重要だが、食育は家庭の食卓の中からも、ぜひ進めていただきたいと思っている。

● 消費者に近づき双方向の流れを造る(豆腐・味噌・納豆・麦茶・醤油・小麦粉)

有機農家が地産地消、産直を目指すことは自然であり意義が有る。消費者に近づきたい、生産者の顔が見える有機加工品を世に出したい。

就農と同時に始めたのが豆腐作り。当時は、生産する大豆のほとんどを関西の豆腐屋さんに買ってもらっていた。自分の大豆を地元の消費者に食べてもらいたいと、豆腐作りをはじめた。300万円位の投資をして、豆腐プラントを購入したが、国産大豆・無泡消剤・天然にがりでの手造り豆腐生産は難しく、機械メーカーの社員の方からは、素人では絶対無理だと言われた。悪戦苦闘が始まった。見よう見まねではじめた豆腐作り、農作業への支障がないように、早朝の作業と決めた。納得のいく豆腐を造れるようになるまで5年位かかっただろうか。しかし、この経験の中で、色々な大豆品種の風味や加工特性、お客様に伝える商品知識などが蓄積されていった。地域の銘柄・奨励品種にとらわれず、多くの大豆を試験栽培し加工を積み重ねた結果、栽培技術に対しても貴重なノウハウが蓄積されたのだ。さて、無農薬大豆の裏作は大麦である。有機圃場の二毛作であるから、大麦も有機栽培になる。残念だが当時は慣行品として農協へ出荷していた。奈良県のある共同購入会さんから、大和茶の生産農家に麦茶を作ってみませんかともちかけられた。委託加工は、商品化までのスピードが速く、設備投資や技術習得の必要が無い。なによりも有意義なのは、生産者の顔が見える農産加工品を直接消費者へ届けることができることである。そして、加工品が増えるきっかけとなったのが有機小麦の生産開始だ。麦茶がきっかけで、OEMによる委託加工生産により製品が増えていった。豆腐製造経験によって学んだことは、食品加工の難しさ大変さだ。国産有機原料に理解があり、技術を持ったあるメーカーさんに作っていただこう。こう考えるようになってからは、商品開発のスピードがあがり、ドンドン加工品が増えていったのだ。大豆・麦加工品で原料生産者を単一農家までトレースできること。有機JAS規格より重要な差別化ポイントである。

● 最後に

「有機栽培は素晴らしい」この一言を伝えたくて、発展途上ではあるが、現在の経営をまとめてみた。孤軍奮闘頑張ってきたが、3月の全国集会を機に、多くの先輩や仲間がいることを再認識した。また、このネットワークを広げてゆくことが、日本の農業の発展につながると強く感じる。先輩たちの努力や苦労を結実させ、豊かな農地を未来の子供たちに継承するために。今、私がすべきことは、地域で仲間を増やし、有機農業の可能性を人々に伝えることだと決意した。

「頑張れ日本の有機農業」

※今回私が使う有機農業の語意は、有機JAS法により表示を許されたと言う意味ではなく、自然農法など化学合成された肥料や農薬を使用せずに、自然環境と対話しながら営む農業と考えている。




◎出典:公益社団法人 大日本農会発行「農業」(2011年8月号)

「『米・麦・大豆』の有機農産物の生産加工販売と輸出への取組」

有機栽培農家 井村辰二郎

■はじめに
有機栽培農家井村辰二郎は3つの組織を経営している。①有機農産物を生産する「金沢農業」(個人の青色申告)②その有機農産物を加工して販売する「株式会社金沢大地」③奥能登の耕作放棄地を開墾する「アジア農業株式会社」(農業生産法人)である。
1997年に脱サラして、家業であった農業を継いだ。就農してすぐに実践したのが、(1)有機栽培への転換 (2)規模の拡大(耕作放棄地中心)(3)農産加工への取組であった。
当時、畑地30ha 水田15haで売上が3000万円程であったが、現在は、畑地150ha 水田30ha、3経営体の合算で、売上4億3000万円までになった。
十数年で、耕作放棄地を中心に120haの農地を開いたことになる。

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写真1:金沢市郊外に位置する河北潟干拓地の広大な自社農場

■千年産業を目指して
私が農業に向き合うことを決心したのは、前職である広告代理店で担当した顧客の影響が大きい。担当した顧客の広報宣伝活動をお手伝いする中で、多くの企業やそれら産業が、悩みや葛藤を抱えていることに気づく。たとえば、ある電子機器メーカーには、ヨーロッパ市場の厳しい労働者環境基準の中で、製品から出る電磁波の問題への対応が求められていた。あるメーカーは、自社製品のリサイクルについての対応に迫られていた。生活を豊かにするために生み出された製品も、作りっぱなしではだめで、環境と仲良くできない企業・産業は生き残ってゆけない。当時は、そんな時代の始まりでもあった。バブル経済が終わり、株式会社の寿命は、25年から5年ほどになったとも言われた。上場会社や大企業が倒産したり、その役割を終えたりする。多くの企業・産業が自分たちの存在意義を検証しなければならない時代に入っていったのである。
多くの産業は元来、一次産業から分化して発生したといってもよい。つまり、太古に発生した最初の産業は農林水産業であり、古い歴史を持つ。日本では弥生時代、世界ではメソポタミア文明と中学の授業では教える。
さて、未来はどうであろうか。人類が生きる限り、農業が必要であることは言うまでもない。農業は未来永劫、持続してゆくべき産業なのである。
脱サラして、最初に経営理念を考えた。テーマは持続性、今風に言えば「サステナビリティ "sustainability"」。「千年産業を目指して」私が有機農業を選択したのは、千年後に継承できる経営体のモデルを実現したいと考えたからである。

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図1:就農時に作成した事業イメージ図

■有機農業への挑戦
さて、立派な理念ができても、実践するのは並大抵のことではない。当初、私が目指した有機農業は、水稲に少量多品種の野菜を加え、直売所を併設した有機農園だった。しかし、すでに家族経営で45haの経営面積を持っており、野菜部門の新設は困難であった。父親の手伝いをしながら考えたことは「無化学肥料で、米麦大豆を作れないか」というシンプルな思いだった。父親の説得に苦労したが、最後には父が折れてくれた。「いずれ、お前が経営することになるのだから、好きにやったらよい」。苦労の始まりであった。
当時は有機JASは無く、個々の農家の基準による「有機農産物・有機栽培」が氾濫していた。「有機栽培とはなんだ」こんな単純な疑問を持ち調べてゆくと、ヨーロッパの有機認証制度を知ることができた。「栽培基準・第三者認証」この二つのキーワードが重要であることに気づく。当時、アイフォーム(※注)基準で認証を行っていた日本オーガニック&ナチュラルフーズ協会(通称JONA)に相談し、私の有機農業がスタートした。後に農林水産省が有機JASによる有機農産物の生産工程と表示の基準作りを行う前に、先進的に有機認証と向き合ったことにより、実需者や流通・消費者との信頼関係が深まって行くのである。
※注:IFOAM(アイフォーム)とは、International Federation of Organic Agriculture Movements (国際有機農業運動連盟)の略称。

■ミッション
私は、前述の経営理念を守るため、営みの中に5つのミッションを課している。農産業が地域の元、国家の元であり、世界的な視野に立っても、その使命があり、責任の重い産業だと考える。
【1. 日本の耕作放棄地を積極的に耕します】
現在、日本の耕作放棄地は、38万haともいわれ、過疎地や中山間地、市街化区域では深刻な問題になっている。私は、就農して十三年あまりで、120haの耕作放棄地を耕してきた。現在は能登(先進国で初めて、世界農業遺産に認定された)の耕作放棄地に注目し、耕作放棄地解消のための仕組みを作りたいと考えている。輪島市門前町山是清の開墾や、農業生産法人アジア農業株式会社の設立により実践してゆく。
【2. 有機農業を通じて、日本の食料自給率の向上に貢献します】
有機農業は、現代農業技術には無い、多くの可能性を秘めていると考える。土地利用型の大豆・麦では、有機農業は慣行農業と相対して収量は劣るが、国や地域・産学・消費者の支援が結びつけば、持続可能な経済活動として自立できる可能性がある。栽培を続けられれば、自給率向上につながる。また、なによりも、消費者との提携や、消費者が生産者を特定した指名買いには可能性がある。消費者が、外国産ではなく国産の有機商品を選択して購入するようになれば、日本の食料自給率も向上すると考える。
【3. 新規就農者等の研修、受け入れ及び育成を行います】
現在、新規就農を希望する若者の多くが、有機農業を志す傾向がある。しかし、技術や経営資源を確保するのは困難であり、研究・研修の間で挫折するケースがほとんどである。行政や有機農業の現場に、新規就農者を育てるシステムや基盤が少ないのである。私の有機農業転換にも苦労があり、現在も多くの問題と戦いながら経営を行っているが、有機農業への参入を希望する若者の手助けができればと日々考えている。
【4. 農産業を通して、地域の雇用を創造します】
地域の農産業が発展すれば、地域の雇用が生まれる。当たり前のことである。就農時、父母とアルバイト計4名で行っていた経営が、現在40名を超える組織になっている。また、障害者の雇用も積極的に行っている。
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図2:従業員数の推移

【5. 農業を通して、東アジアの食料安全保障に貢献します】
2010年の後半急に、TPP「環太平洋戦略的経済連携協定(Trans Pacific Partnership)」参加の是非なる議論が始まった。国の戦略として、FTA・EPA交渉の推進が叫ばれてきたのは認識していたが、この議論は急すぎるし、突拍子もないというのが私の感想だ。日本がTPPに参加すれば、農林水産業への経済的な打撃は大きく、激変に対する策が講じられなければ、日本の農業は壊滅するかもしれない。土地利用型の有機穀物農家として、経営とその持続を考えたときに、私の有機農業は地域の営みであると同時に、世界の動向を理解し、世界に貢献する農業でなければならないと考える。農業が元気なら、地域も元気、国も元気。自国の農業を発展させることは、東アジアの様々な歪を緩衝することにも繋がると考える。

■農産加工への取組(農商工連携・農業の6次元化)
私が、就農してすぐに有機農業に転換したのと同時に行ったことが、農産加工への取組である。自らの有機大豆を原料とした豆腐と味噌の製造を開始した。当時父親に対して「お父さんの大豆は、いったい何になっとるんや」こんな質問をした。返ってきた答えは「さあな、豆腐か味噌にでもなっとるんやないか」。父親の作る大豆の一部は、関西にあるこだわりの豆腐屋さんへ直接販売していたが、ほとんどは、地元の農協へ出荷していた。このやりとりで感じたことは、自分が作っているものを誰が食べているか見えないこと、こんな寂しいことはないんじゃないか。元来、食品加工メーカーの手により消費者に届く大豆や麦は、地産地消や産直の農産物にはなりにくい。私は直感的に、消費者へ直接届く大豆の加工商品を作らなければならないと感じた。消費者が川下から農家や産地をトレースしたがるように、川上から「食べている人をトレースしたい」と強く感じた。いったい誰が、どんな思いで、どんな感想を持って購入し、食べてくださるのか。マーケティングの基本である。「双方向のトレーサビリティー」私はこう呼んでいる。
さて、前述を読めば「なるほど納得」となるかもしれないが、この豆腐作りが難しく、苦戦することになる。サラリーマン時代の貯蓄300万円を投入して、小さな豆腐プラントを導入した。
当時地元の先進的な農業生産法人は、漬物やもち加工といった農産加工部門で脚光を浴びていた。「農家の自家栽培有機大豆による豆腐製造」は、新聞にも載り話題にもなった。しかし、豆腐の製造を行うことで、農産加工(食品加工)の難しさ、大変さを学ぶことになる。自分の有機大豆(当時国産大豆は品質が一定しないため、外国産と比べて実需の評価が低かった)で、消泡剤(豆腐の釜に入れる添加物)無しで、能登産のにがり(能登の製塩の副産物)を使っての豆腐作りは、当時豆腐加工機械メーカーも逃げ出すほど難易度の高いこだわりであった。朝3時に起床して、7時には作業を終えて畑に出る。満足のいく品質を安定させるために、最初の半年は試行錯誤の繰り返しで、作っては捨てるの毎日。なんと厄介な農産加工を始めたものかと、後悔したものだ。
現在も自ら週2回製造している豆腐作り。しかし、この苦労と経験が、OEM(アウトソーシングによる農商工連携)の発想に繋がってゆくのである。

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写真2:農産加工の原点、有機大豆の豆腐づくり

■農産工房「金沢大地」の設立
有機大豆の裏作は、大麦。当時は国産有機麦類の生産は無く、したがってその有機加工品も海外原料が散見される位でしかなかった。裏作の有機大麦は、有機格付けを行わないで、農協へ出荷していた。
ある流通の方から「有機大麦茶を作ってみないか」こんな提案があった。大和茶で有名な奈良のお茶農家が、大麦を焙煎してくれた。つまり、原料を支給しアウトソーシングによる、農家のブランドの商品開発が始まったのである。その後、有機小麦に挑戦することにより、有機醤油や有機小麦粉、大豆関連製品は、納豆やきな粉と広がりを見せ、売上も伸びていった。農作業を行いながら、豆腐の製造・配達・清掃まで、全国からの受発注、請求書の発行など、寝ないで働いた。少しやり方を変えなければと組織の見直しを行った。当時、農業生産法人化して農産加工部門とすることも考えたが、私が選択したのは、別の経営体、食品加工メーカー株式会社金沢大地の設立であった。製造・流通・販売が難しい豆腐作りを経験して学んだことは「もちは餅屋」。農産加工部門として加工を行うよりも、真の食品加工メーカーとなりうるパートナー企業を育てるべきである。多くの企業がしのぎを削るマーケットに参入するには、プロフェッショナルにならねばと考えたのである。
とはいえ、正社員はゼロ、会社設立後も多忙な日々は続いた。

■設備投資と人材の育成
規模拡大や新商品の開発を進めながら、経営資源を充実させる必要があった。まず大規模化に対応するための、農業機械や施設の充実が急務であった。農業機械や設備は高価で、100馬力を超えるトラクターなどの大型機械を必要とする経営の要求を満たす財源は無かった。
もちろん、新品を買うキャッシュは無い。借金は、発展途上の取組ゆえに抵抗があった。
北海道を中心に中古の機械を買い集めて、急激な大規模化に対応していった。設備投資にめどが立って、次に行ったのが農場のスタッフ増強と育成である。個人経営である「金沢農業」には福利厚生が無かった。農業生産法人への移行も考えたが、個人経営でも厚生年金等の福利厚生を充実させることができると知り、厚生年金等の福利厚生を完備した。農場への就職を希望する若者は、福利厚生完備を見て入ってくるものだけではないが、結果として、定着率や労使の信頼関係の資となっていると感じる。以下、私が行ってきた経営資源投資の順番である。
1)農場の設備投資 2)農場の人材確保 3)金沢大地の人材確保 4)金沢大地の設備投資

■ITを活用した販売戦略
全国の共同購入会や、流通への営業活動と同時に取り組んだのが、Web販売やITの活用である。それまで、片手間に行っていたHP及び販売システムを刷新して、2007年に新しくHPをリニューアルした。MT(ブログ・ムーバブルタイプ)とショップメーカー(カゴ機能)を導入した。その後、順調に販売は伸び、現在、年間売上1200万円程に成長している。一日のアクセス数も300件を超え、有機大豆や有機小麦、それらの加工品のキーワードでは、検索サイトの上位にランクされるようになっている。次年度の売上目標は2000万円である。

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図3:Webの売上推移

■有機野菜部門の新設
2009年、野菜専任の社員を雇用して、有機野菜部門(通称ベジタブルチーム)を新設した。
ビニールハウスでの軟弱野菜からスタートして、現在は路地の有機ジャガイモ、有機玉ネギを生産し、本年からは、伝統野菜である「加賀野菜」の生産に乗り出した。現在は赤字で育成部門ではあるが、金沢大地の加工品との相乗効果があり、今後有望な部門と位置づけている。有機野菜部門は現在、20aのハウスが20棟、スタッフも9名(パート3名)に増強している。

■金沢大地「老舗100年計画」
昨年から金沢大地の社員を増員している。
金沢農業・金沢大地のフィロソフィーに共感して優秀な若者が集まってきた。
また、地産地消が理想と考える有機農産物の流通であるが、事業を始めた当時は、石川県の小さなマーケットでは、有機農産物の需要は少なかった。これまで東名阪に集中していた販売活動から地元に戻すために、昨年新しい事業計画を立てた。オーガニック食品を地元市民の台所である「近江町市場」から発信するために直営店を開設したのだ。この店の名前は、金澤大地「たなつや」。「穀屋」と書いて「たなつや」と読む。有機穀物をコンセプトにした金沢の新たな老舗を育てるプロジェクトである。

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写真3:農業の6次産業化を具現化する「金澤大地たなつや」

■さらなる高付加価値商品の開発
これまで、農産工房「金沢大地」では、お米・醤油・味噌・豆腐・納豆といった、身近な日本の伝統食品を開発し販売してきた。金澤大地「たなつや」のブランド開発により、さらに多様で、消費者のニーズに合わせたオーガニック食品の開発を行っている。同時に、OEMから、自社製造割合を増やし、農産工房回帰をテーマに製造部門の強化を行う。

表 金沢大地の開発商品
・やわらか米飴ジャムシリーズ ・奥播州足立蔵 こいくち醤油
・五代目井村辰次郎謹製 穀飴シリーズ ・奈良大和片上蔵 うすくち醤油
・金沢戸室石焙煎 六条大麦茶 ・小豆島ヤマヒサ蔵 こいくち醤油
・有機純米酒「滉 AKIRA」 ・有機米酢
・穀物珈琲シリーズ ・塩糀
・有機大豆のおぼろ豆腐 ・有機大豆の豆乳ソフトクリーム
・有機大豆のもめん豆腐 ・有機大豆の豆乳プリン
・とろとろ玄米甘酒 ・有機小麦のまめパウンド
・さらさら白米甘酒 ・有機小麦のしょうゆタルト
・こめむぎパン 玄米粉50%+小麦粉50% ・全粒粉100%自家製酵母クッキー
・金沢中初蔵 こいくち醤油 ・玄米フレーククッキー  ほか多数

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写真4:農業の師でもある父の名を冠した有機純米酒「滉 AKIRA」

■海外有機認証の取得
私は、EU認証とアメリカ農務省NOPのオーガニック認証を取得している。取得にいたった経緯は、有機純米酒の開発と輸出への挑戦、もうひとつは、海外有機認証原料を使用した味噌・おせんべい・醤油の輸出に対する国産農家の意地のようなものであった。有機純米酒については、日本のお酒は農産物ではないので(国税庁管轄)有機JASマークが貼れないこと、および、生産調整に苦しめられている農家として、お米関連製品を海外に出したいと考えたことが動機としてあった。結果として、EU認証とアメリカUSDA認証取得は、私たちの有機農産物の価値を高めるものとなった。

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写真5:農林水産省有機JAS認証(左)、米国農務省NOP認証(中)、欧州委員会EU認証

■有機農産物の輸出
現在、有機米・有機大豆・有機小麦・有機大麦が、海外認証を取得している。結果として、最初に海を渡ったのは、300g入りの生大豆であった。展示会での商談がきっかけで、スペインの三ツ星レストラン「エルブジ」へ輸出された。このレストランが、世界でも屈指の有名レストランであることは後で知ることになったが、大変光栄な話である。その他にも、まだ少量ではあるが、ブルガリア、アラブ首長国連邦、オーストラリア、アメリカ等へ、有機農産物の輸出が始まった。安全・安心やオーガニックの営みは、世界共通の価値であり、潜在的な市場がある。
私は近年、積極的に有機農産物の輸出に挑戦している。前述の提携や地産地消とはかけ離れていると言う方もいるかもしれないが、その是非は別として、海外の有機農家や流通関係者、消費者と交流すると、「オーガニック」に対する共通の認識が多いことに気づかされる。簡単に言うと「オーガニックは世界の言葉」であり「世界の基準」が生まれつつあるといえる。"I am an organic farmer in Japan." 私は英語を話せないが、この一言で多くの国の人々に、私の農産物の"Philosophy"を想像してもらえる。共通の価値を認め合うことができるのだ。

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写真6:海外のオーガニック食品展示会への積極的な参加

■最後に
東北関東大震災により、多くの方々が被害を受け、原子力発電所の事故により、農作物の放射能汚染や風評被害なども出ている。
私どもの輸出への挑戦も、ヨーロッパではストップしてしまった。
安全・安心が売り物であった日本の農産物の評価が、あの事故以来、落ちてしまった。
また、国内消費者の反応も少し変わってきた気もする。目に見えないものの怖さや、情報を開示することの大切さを、消費者の声から聞くことができる。私たち農家や食品に携わるものは、さらに高い次元の安全を確保しなければならない。安全・安心は当たり前のことであるが、コストのかかることでもある。これから私たちが、安価で安全・安心な農産物の供給を安定的に行うために、何が大切か、何をすべきか、初心に帰って考える機会だととらえている。頑張れ日本。頑張れ日本の農業。




◎出典:金沢別院 機関紙「おやまごぼう」(2011年9月号)

いのちとたべもの「千年産業を目指して」

株式会社金沢大地 井村辰二郎

■安全な食べ物を求めて
日本をおそった未曽有の災害。大震災と同時に起こった原子力発電所の事故は、地域の農業・食品産業にも多大なる被害をもたらした。金沢市八田町で、有機農業とその加工販売を営みとする私の小さな会社でさえもこの事故に関連して、様々な出来事が起こった。
3月末頃から、東京を中心にスーパー等の棚からお米が無くなり、消費者は混乱し通信販売を中心にまとめ買いが集中した。その後落ち着いたかに見えたが、6月頃から再び22年産(事故前の収穫米)をまとめ買いする消費行動がみられた。明らかに今までの常連客とは違う層の顧客であった。同時に、消費者からの電話やメールによる問い合わせの多くは、石川県産の農産物の安全性の確認、工場や保管場所の確認。「22年産原料の麦茶を買い占めたい」こんなお客様もいらっしゃった。お客様の行動や声を、乱暴に「滑稽な」「神経質な」などと切り捨てることはできない。小さな子供を育てる母親として、家族の口に入る「糧」を選ぶものとして、当然の行動であるようにすら感じる。人々の安全な食品に対する願いは、切実である。

■放射能検査
早生品種の収穫を前にこの原稿を書いている。8月中旬から行政による石川県内の早生品種の放射能検査は順次行われ、放射能は「検出せず」石川県のお米の安全性が確認され、新米の販売がスタートする。私の会社で自主的に行った「有機大麦」「有機肥料」の検査結果も「検出せず」安全性が確認できた。しかし、この問題は日本全体の問題である。東北の復興支援の問題や、農作物への風評被害の問題、未だに解決していない汚染土壌の問題。7月8月に東北・北関東から数軒の農家が視察に見えた際に情報交換をしたが、彼らの未来へ不安は計り知れない。同じ日本の農家として、自分たちの農産物の安全性をキャンペーンとしてうたうことはできないし、差別化のポイントとすることは無い。しかし、全国の米屋さん・消費者からの引き合いは強く、結果として売れてゆく。

■海外市場での風評被害
オーガニック(有機農産物)には、国が定めた認証制度が有る。私の農場では数年前から農産物の輸出を行う為に、アメリカのUSDA認証・ヨーロッパのEU認証を取得し、アメリカやヨーロッパへの輸出に挑戦してきた。しかし、今回の事故で、ヨーロッパへの輸出はストップしてしまった。アメリカの市場は冷静であるが、ヨーロッパの人々は、チェルノブイリの事故を経験しており、極東の小さな島国で起こった事故は大きく報道され、日本の農産物を口にすることはリスクだと考えられている。チェルノブイリの事故当時、イタリア産のほうれん草から基準値以上の値が検出されたり、現在でも北欧への汚染が解決されていないなど、多くの国に被害が広がったためである。

■消費者の価値観
現在、オーガニック(有機農産物)の市場は、EUで3兆円、アメリカで3兆円に対して、日本では1千3百億円である。日本のオーガニック市場は、欧米のと相対してまだまだ発展途上であるといえる。しかし、オーガニック(有機栽培)の先進地であるヨーロッパで有機農業が急速に広がったのは、チェルノブイリの事故の後だといわれる。オーガニック市場の今後はさておき、今回の事故をきっかけに、多くの国民が、食糧やそのあり方、安全性について再考する機会になるのではないだろうか。「食」に対する価値観に変化が起こったような気がする。

■ふるさとの農業・自然
食糧自給率の低下や、農業者の高齢化、耕作放棄地の拡大など、日本の農業を取り巻く様々な問題が有る。しかし、ふるさと金沢の風土は、今現在、豊かな土と水により今年も多くの実りをもたらしてくれる。当たり前のことではあるが、農業は自然からの恵みにより営まれ、未来永劫続くものである。
また、地方では、農業は基幹産業でもある。
中学の授業に呼ばれるときに、第一次産業の歴史や重要性の話からすることが多い。もともと、全ての産業は農業から分岐して世を豊かにしてきた。
授業の内容はこんな感じだ。
日本で農業が始まったのは?→弥生時代
世界では?→メソポタミア文明
「衣食住」についての授業
「衣」は?→綿・シルク・麻
「食」は?→農漁業産物
「住」は?→木材・かやぶきの屋根・畳
私達の身の回りにある全ての基幹に農業林水産業が係わっているのだ。
農林水産業は国土・国民にとって多面的で基幹となる産業なのである。



◎出典:金沢別院 機関紙「おやまごぼう」(2011年10月号)

いのちとたべもの「千年産業を目指して」②

株式会社金沢大地 井村辰二郎

■千年産業を目指して
例えば、蝶をカエルが食べて、そのカエルをカマキリが食べる。そのカマキリを小鳥が食べて、その小鳥をワシ(猛禽類)が食べる。こんな食物連鎖を考えればわかるように、環境の中で、そのフードチェーンの高峰に君臨するのはヒトである。農業は生命産業であり、私たちは、その農業をかいして、多くの命を頂いている。
環境と仲良くなれない産業は淘汰される時代。農業が未来永劫存続すべき産業であるならば、農業こそ環境と調和し命を大切にする産業でなければならない。そんな思いから、私の経営理念「千年産業を目指して」が生まれた。

■農業と殺生
ハエや蚊、ゴキブリ。家庭で嫌われる害虫がいるように、農業の世界でも多くの害虫が駆除されている。カメムシ・ヨトウムシ・アブラムシ・マメシンクイガ。しかし、私の有機農業では、虫を直接的に殺すことはしない。実際、虫達や生態系を大切にしていると、害虫により収穫皆無といった壊滅的な打撃を受けることは無いのだ。
一方、日本の農薬使用量は世界一である。2004年のデータで、農地1ヘクタール当り約16kgの農薬を使用している。イタリアの2倍・アメリカの8倍、あきらかに使いすぎである。
たとえば、金沢市北部の水田でも行われているラジコンヘリコプターによるカメムシ防除。
カメムシは、稲の穂にとまり、栄養素を吸う。吸われた米粒には黒いはん点ができ、外観品質が低下するのだ。米千粒のうち一粒でも確認されると1等米にならず、農家にとっては販売収入減となるため、カメムシの駆除対策として一斉航空防除が行われるのである。
一方、食べる側にとってはどうだろうか。大手のお米屋さんは、精米プラントの中で色彩選別機と呼ばれる機械により、高い精度でカメムシの被害粒を取り除くことができる。つまり、カメムシ粒が食卓に上ることは少ないのである。そして、消費者には農薬を減らした農産物や有機農産物を求める方も多く、消費者のニーズと生産現場の意識、そしてお米の検査基準に、ギャップがあるように感じる。
また、自然環境や生態系に及ぼす影響も懸念される。カメムシを殺す為の農薬により死ぬのは、カメムシだけではないのである。

■八田ミミズ
私の農場の有る八田町周辺は「八田ミミズ」とよばれる珍しいミミズの生息地として知られている。百科事典によると、学名は「ジャポニカハッタ」日本では河北潟周辺と琵琶湖の北部にのみ生息するそうである。
小学校の低学年の頃だったろうか、下校途中にあぜ道を歩くと、水田の中にその「八田ミミズ」が大量に死んでいるのを見た日があった。稲の株間にウヨウヨと、数え切れないくらいのミミズの死骸が浮遊している。気味の悪い異様な光景であった。夕食のときに父親に尋ねると「農薬やな」シンプルな答えが返ってきた。昭和40年代前半、当時は高度経済成長と食糧増産政策により農薬が本格的に普及し始めた時代である。父親によると、今と比べてかなり強い農薬が散布された時代だそうである。

■ふるさとの自然
トキの繁殖地を目指す佐渡と能登が、世界農業遺産に認定されたとのニュースは耳に新しい。また、兵庫県や福井県は、コウノトリの繁殖地を目指して、地域ぐるみで環境保全型の農業を振興している。
私が農業を営む、河北潟周辺も豊かな自然環境が残っており、水鳥の「シギ・サギ」の数では、ラムサール条約(世界重要湿地)の条件を満たすというリポートがある。
近くの水田は、冬にはコハクチョウ・鶴など、沢山の渡り鳥が羽を休め、絶滅危惧種である「チュウヒ」をはじめ、多様な猛禽類の餌場となっている。失われた自然環境も多いが、まだ豊かな自然は残っている。この豊かな自然を守り残してゆくのは農業の使命であり、その農業を生かすのは、良識ある生活者の消費行動である。

■風の谷のナウシカ
さて、宮崎駿さんのアニメ「風の谷のナウシカ」の中に「殺さないで、この子達は何も悪いことをしていないの」こんなセリフがある。私が、殺虫剤について考えるときは、常にこのセリフが頭に響く。もちろん使う前提で考えるのではなく、コメントを求められたり慣行栽培農家が使用するのを見たときである。一寸の虫にも五分の魂。益虫・害虫、見境なしに殺してしまうのは、反対である。生態系の一部であり、彼らにも生まれいずる使命があるのだ。
日本の農業が、ふるさとの農業が、環境保全型農業へ舵取りすることを願って止まない。
自然を愛で、自然と共に営む、千年以上の良い風に守られ、生活を営む「風の谷の人々」の様に。

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